【動画】坂 茂によるトーク
2012年3月3日に行われた、坂 茂(建築家)によるトーク「『アーヴィング・ペンと三宅一生 Visual Dialogue』展+ポンピドゥー・センター・メス+災害支援活動」の動画をご覧頂けます。
2012年3月 9日 20:23 | アーヴィング・ペンと三宅一生 Visual Dialogue , デザイン , トーク , 写真 , 建築
建築 (16)
2012年3月3日に行われた、坂 茂(建築家)によるトーク「『アーヴィング・ペンと三宅一生 Visual Dialogue』展+ポンピドゥー・センター・メス+災害支援活動」の動画をご覧頂けます。
2012年3月 9日 20:23 | アーヴィング・ペンと三宅一生 Visual Dialogue , デザイン , トーク , 写真 , 建築
6画面の大型プロジェクションでアーヴィング・ペンの写真を投影しているギャラリー2の展示で使用されている椅子は、本展の会場構成を担当した坂 茂が、フィンランドを代表するインテリアメーカー アルテックのためにデザインした10 UNIT SYSTEM。
その名に示されるように、10点のL字ユニットから構成されています。会場では椅子や背もたれのないスツールとして使用していますが、このほかにもテーブルのフレーム等、いろいろなかたちに組み立てることができます。簡単に組立および解体が可能でもあり、さまざまな組みあわせによって、独自の空間プランをつくり出せます。
また、使用されている素材はUPM ProFi という再生プラスチックと再生紙の混合材です。これはペットボトルなどに使用される粘着ラベルの製造過程でうまれる端材を原料としており、このうちリサイクルされた素材が占める割合はおよそ60%。プラスチックと木の繊維の特徴を兼ね備え、耐久性に優れ湿度や紫外線による影響も受けにくいため、屋内外を問わず幅広い場面で使用することができます。さらに、素材を再度製造工程でリサイクルすることや有害物質を出さず焼却することもでき、製品のライフサイクルを通して環境に負荷が少ない方法が実現されています。
www.artek.fi
2012年3月 8日 14:48 | アーヴィング・ペンと三宅一生 Visual Dialogue , デザイン , 企業 , 建築 , 科学 , 自然
「安藤忠雄/仕事学のすすめ〜自ら仕事を創造せよ〜」
NHK教育テレビ(Eテレ)
全4回 午後22:25 〜 22:50 毎週水曜日
第1回:3月7日放送、3月14日再放送
第2回:3月14日放送、3月21日再放送
第3回:3月21日放送、3月28日再放送
第4回:3月28日放送、4月2日、5日再放送
番組ホームページ
建築家の安藤忠雄が「混迷の時代にこそいかにして自ら仕事を創造するか」ということについて語り、その仕事を振り返る全4回に渡る番組です。
第3回(3月21日放送、3月28日再放送)の中で安藤は、21_21 DESIGN SIGHTの着想から完成までのプロセスを通して、三宅一生との出逢いを振り返り、そのやりとりから生まれた想いを語ります。
是非ご覧下さい。
2012年3月 7日 17:23 | 21_21 DESIGN SIGHT , 三宅一生 , 安藤忠雄 , 建築 , 掲載情報
6月19日、「倉俣デザインの未来を語る」と題し、倉俣史朗の作品をリスペクトする若い世代の建築家によるトークが行われました。
冒頭に展覧会ディレクターの関康子より、すでに故人となった倉俣史朗とエットレ・ソットサスの大きな業績や人間性を若い世代に知ってほしい、またその想いを引き継いでほしいとの思いから本展を企画したことが述べられました。
この後はデザインディレクターの岡田栄造が進行役となり、建築家の五十嵐淳、中山英之がそれぞれに倉俣デザインの体験を語ります。
まずは岡田、五十嵐、中山の三人が、どう倉俣の作品に出合ったか。
1970年生まれの岡田と五十嵐、1972年生まれの中山は、倉俣の晩年は大学生で、彼の仕事を現役で見ていた最も若い世代です。
卒業論文も倉俣がテーマだったという岡田は、大学に入って間もなく雑誌の特集を通じて「ミス・ブランチ」を目にし、世界的に大きな評価を得ていることを伝える記事とともに大きな衝撃を受けたと言います。
北海道出身の五十嵐は、同時期に札幌の洋書店でやはり「ミス・ブランチ」が表紙だった書籍を見つけて、理論を超えて感覚に訴える魅力を感じたそうです。
一方中山は、美術の勉強を始めたころに、美術書の専門店で椅子に関する本の中で「ミス・ブランチ」を知り、その本の中で並べられたイームズ(当時はエアメスだと思っていた)等の作品に比べて倉俣作品は謎である、という印象を受けたそうです。
三者とも「ミス・ブランチ」をきっかけに倉俣作品に出会い、その体験を衝撃からスタートさせました。
次に三人が倉俣作品をどう見ているのか、それぞれにベスト3の作品を挙げて語ります。
五十嵐のベスト3は、まず花柄のオフィスチェア(赤いバラの布ばりコクヨ椅子、1988)。これは普段よく見かけるタイプのオフィスチェアの張地を赤いバラ模様の布にしたデザイン。実は倉俣が事務什器のコンサルティングをしていたときのサンプル品で流通はされなかったそうです。しかしオフィスの中で働く人が少しでも自由を感じられるよう使用する人が張地を選べるようにと考えた倉俣の作品からは、デザインが現実にどれだけ自由をもたらすことができるかという強い意志を感じることができると述べました。二番目に選んだのはClub Juddの内装(1969)。スチールパイプを積み上げ、曲げた壁は単一素材の持つピュアな印象から逸脱しています。解釈する者の「誤読」の幅をどれだけ広く持てるか。これを五十嵐は「夢」と表現しました。
三番目は「エドワーズ本社ビルディング」の内装(1969)。蛍光灯の柱を林立させたデザインはこの後の五十嵐の作品にも影響を与えているのではないかと言います。
中山のセレクト一つ目は「Flower Vase #2」。鉄筋コンクリートを例に出し、圧縮に強いコンクリートと伸長に強い鉄を併用することで理想的な素材になったことと同じように、透明なアクリルの中にカラーのアクリルを埋めることで、カラーのアクリル単体より、より強く色を感じることができると述べました。
二番目は「64の本棚」(1972)。これはあらかじめ64に細かく区切られた棚で、使いやすさやフレキシブルの逆をゆく家具。しかし中山は、ものに主導があるような不条理が却って使い手に思考するきっかけを与えるのではないかと言います。
三番目は「ハウ・ハイザ・ムーン」(1986)。通常のソファーが皮張りや布張りであるのに対し、これはメタルのベンチ。なんのためにつくったのだろうという謎を中山は現代美術を参照しながら「ない」を表現したものではないかと述べます。倉俣が語った「一日に座っている時間より座っていない時間の方が多い」言葉を引用しながら椅子に座らないことで座ることを考えさせる椅子だとまとめました。
岡田のベスト3は、まず倉俣の代表作「ミス・ブランチ」。いわゆるモダンなデザインは装飾的要素を削除しストラクチャーのみで構成しているのに対し、「ミス・ブランチ」では表面に施すような花のモチーフを椅子の内部に埋め込み、装飾の構造化に挑んでいると述べました。「ミス・ブランチ」から20年以上たった今、様々な価値観が存在するなかで合理的なものとそうでないものの差がなくなってきているのではないかと指摘。倉俣の作品はこの光景を予見していたのではと驚くとともに、これからのデザイナーの役割について考えさせられると述べました。
二番目は「ラピュタ」(ベッド、1991)。特徴的に細長い形状から、岡田は倉俣の独特の身体性に言及しました。これについて中山は完成形の放棄に対する倉俣の責任の取り方だと述べ、五十嵐も、ベッドはこうあるものとすぐ分かる形を放棄してこそ使い手に自由を与えていると述べました。
三番目は「アモリーノ」(1990)。一見普通のキューピーですが背中の羽を動かしながら回転し、ウインクをする仕掛けになっています。通常、道具は身体の拡張手段としてデザインされているが、このキューピーはそれ自体が意志を持っているよう。無邪気でかわいいだけのはずのキューピーが「あなたをわかっています」とウインクする恐ろしさ。人型ロボットなどを参照しながら「意志を持つもの」がデザインの中に増えている現状もふまえて倉俣はここでも何かを予見していたのではないかと語りました。
トークは次に、倉俣作品とそれぞれ自身の作品との接点に展開。
五十嵐は自身の作品から「矩形の森」(2000)、「大阪現代演劇祭仮設劇場」(2005)を挙げ、これまで空間のなかで邪魔と扱われていた柱の採用、塩化ビニールによる抽象的な外壁の採用を通して使い手の方向性を決定しない空間づくりをしてきたと述べました。
これは続いて発表した中山の設計した北海道の平原でのカフェにも通ずる考えで、建築やデザインそのものに意味や用途を込めるのではなく、環境のなかで使い手が行動するための、きっかけとしてのものづくり。
中山は、この発想を教えてくれたのは倉俣だったと述べました。
さてトークはいったんここで終了。質疑応答に移ります。
トーク中に多く出た「椅子」について、登壇者のそれぞれがデザインする場合は何に注力するかという質問に対して、中山は自分が座ることと自分が座っている状態の全てに意識的でいたいと述べ、五十嵐は建物の天井など体に直接触れない部分に比べて椅子は迷う部分が非常に多いが、感覚的な問題と論理的な問題に優劣をつけずに実現させたい、一方で倉俣の椅子は無限に広がりをもっており今後も目標となるだろうと述べました。
話題がソットサスの「バレンタイン」(1969)に及んだとき、このタイプライターがデザインされた当時、タイピングは女性がオフィスでするものだったが、ソットサスはポータブルなデザインとオフィスらしからぬ赤い色でこの職業に自由を与えたエピソードが出ました。
また、倉俣が「管理者側から考えられているファシスト的なデザインは嫌だ」と述べた話から、岡田は彼らのデザインが用途や状況に束縛されたものではなく、とても「民主的」で、誰にとっても開放されたものであった、と述べ、思想的に引き継ぎながらも現在の社会と関わっていく中でわれわれはデザインを続けていく必要がある、とまとめました。
2011年6月19日 20:58 | デザイン , トーク , 倉俣史朗とエットレ・ソットサス , 建築
2月11日、建築家 磯崎 新と、インターネットによる公募から選ばれた井上真吾、松原 慈、溝口至亮、Nosigner、鈴木清巳5人を登壇者に迎え、展覧会特別シンポジウムが行われました。
まずは本展ディレクターであり、今回はモデレーターも務める関から展覧会や、倉俣史朗とエットレ・ソットサスの生涯や仕事の軌跡について紹介。その後シンポジウムは2部構成で進みます。
関から話し手のバトンが渡されると、第一部は磯崎による「ポスト・フェスティウム(祭りの後に)――エットレ/シローの1975年」と題したレクチャーがスタート。磯崎はメンフィスが始まる前の時代、倉俣とエットレが何をしていたのか、どんな付き合いがあったのか、その時代を同じく過ごした目線で語りました。
レクチャーの中では、ソットサスと倉俣がそれぞれ参加していた展覧会についても紹介。1976年「MAN Trance FORMS」展でそれまでしていたような「デザインをしたくない」といってソットサスが出展した写真作品は、「芸術的ではなく、ただの写真であった」といいます。一方、1978年「間」展に磯崎たっての希望で参加した倉俣は、出来たばかりの硝子同士の接着技術を使って、硝子の板で瞑想の部屋を作りました。
60年代にはどれだけ目立つかが「デザイン」だったが、70年代は「自分自身とデザインを批評しながら追い詰めていく」という、複雑な思想をもったジェネレーションだったと、彼らを見ていた磯崎はのちに理解したといいます。
それからソットサスと倉俣のプロダクトを、磯崎自身の作品や現代の作家の作品と比較しながら紹介。メンフィス以前の時代から30年後の今、当時のものづくりの姿勢を復活させようとしている人たちがいるようだ、と磯崎は締めくくりました。
磯崎のレクチャーが終わると、5人の登壇者も登場。第二部は自らの活動や開発を発表した後、磯崎に質問をするかたちで始まりました。
当時と現代との違いや、似ている点、その中であるべき姿勢を語り合う中で、磯崎は倉俣やソットサスとのエピソードも披露。毎日1個ずつデザインをしていかないと追いつかないほど忙しかったという倉俣や、ソットサスとのユニークな会話の思い出に、会場からは笑い声も聴こえました。「現代に生きていたら2人は何をすると思いますか?」という質問に「昔と同じことをやるか、やらないかどっちかだろうと思う」と答えた磯崎。ものづくりに関わる環境や社会状勢が変化している中で知的に想像するのは難しいといいます。2人がいた時代を想像しながら、現代のこれから見据える登壇者たちの発言に、磯崎は大きく頷きました。
最後に関から、展覧会のキーとなっている1980年代がどのような時代だったかを質問。磯崎は「ポストモダンの時代に進む中間で、近代を否定しながらも次を見通せていたわけでもない、ごちゃごちゃとした時代だった」と答えました。かつての環境や情勢、デザインへの思考が、30年後に再びメジャーとなる「30年サイクル」の存在を説くと、倉俣やソットサスと過ごした80年代から30年たったのは今であると提言。以前と同じことをそのまま繰り返すのではなく、次に時代を作らなければならないのは君たちだ、と力強いエール送りました。
登壇者の背中をおす温かな拍手に包まれて、シンポジウムは終了となりました。
2011年2月11日 19:10 | デザイン , トーク , 倉俣史朗とエットレ・ソットサス , 建築 , 関 康子
現在、各地で活動している「ポスト・フォッシル」なものづくりを行うクリエイターを迎えたトークシリーズ。1回目の出演は建築家の藤本壮介です。
藤本が今回のトークのテーマに挙げたのは「プリミティブ・フューチャー」。今までの建築を自由に発想して「再構築」するということを、これから自身の建築に取り入れたいといいます。クリエイターは日々、素材や用途を問い直しながらものづくりに取り組むものであるとし、本展を通して、素材や作品の成り立ちに関してさまざまな問いが会場にあふれているのを感じ、「勇気をもらった」というエピソードも。
これまでの建築作品をモニターに映しながら、トークは進んでいきます。森の中に建つキューブ状の家や、東京の路地をイメージさせる部屋のある子どものための精神医療施設、いくつもの家が積み重なったような集合住宅、拡張する本棚をイメージした大学図書館など、ロケーションも多様です。
何もデザインしていないような、人間のためにしつらえられていない洞窟でも、きっかけがあれば如何様にも住むことができてしまう。そんな無限の可能性を持った建築ができれば、と藤本は語ります。化石燃料時代の機械を組み立てるような人間のための建築の先、未来に建つ住まいを想像できる充実した時間となりました。
2010年6月24日 15:45 | デザイン , トーク , ポスト・フォッシル:未来のデザイン発掘 , 建築
4月11日土曜日午後、2回にわたり、建築家 安藤忠雄によるギャラリートークが開催されました。 21_21 DESIGN SIGHT の建築を設計した安藤は、今回の「U-Tsu-Wa/うつわ」展の会場構成も手がけ、展示のみどころについても話しました。
建築の分野に限らずさまざまな世界で活躍している安藤は、都市とは「緑」と「文化」があって成立するものだとの意見。ヨーロッパにみられる都市には活気のある文化施設があり、東京も是非、文化施設を大切にして欲しい。日本を「チャンスのある国」、外国人に対して「開かれた国」にし、誰でもチャンスを求めて日本に来るような「文化の国」にすべきだと語りました。
各回200名程の方にお集りいただき、トークの後にはサイン会も行い、大変にぎわいのある土曜日の午後となりました。
2009年4月19日 20:33 | U-Tsu-Wa/うつわ , デザイン , トーク , 安藤忠雄 , 建築
安藤忠雄の会場構成
両掌ですくいあげた、小さな宇宙----三宅一生が3作家のうつわから感じとった「宇宙」の空間表現は、安藤忠雄の手に託されました。それは、かつて自らが出会った感動のかたちを、次の時代の担い手たちに、ガラス越しではなく、直接届けたいという想いからです。
安藤忠雄が描いたのは、「水面に映える夜空の星」。水盤や粉砕ガラスの上に、3作家が持って生まれた星座----ルーシー・リィー(魚座)、ジェニファー・リー(獅子座)、エルンスト・ガンペール(牡羊座)----をなぞるように、うつわを浮かべました。2万8千個のガラス瓶を敷き詰めた水盤が、壁面に設えた滝のかすかな音とともに、会場内に静かな緊張感を生み出しています。子どもの頃に見た川の美しさを、いつか違うかたちで表現したいと考えていた安藤。会場の水の流れに対峙するように、サンクンコートには青々とした麦が生い茂っています。
安藤忠雄のギャラリーツアーが行われました。
ギャラリーツアーは、4月にも予定されています。
2009年3月 8日 19:43 | U-Tsu-Wa/うつわ , 安藤忠雄 , 建築
安藤建築の中で、会場構成も安藤自身が手がけた「U-Tsu-Wa/うつわ」展。当日はたくさんの方がトークを聞くために集まりました。トークでは、三宅一生の服づくりのコンセプト"一枚の布"から着想を得てつくられた21_21 DESIGN SIGHTの建築についての話を交えながら、今回の会場構成のポイントについて語られました。
今回の会場構成について安藤は、「三作家の高い美意識を際だたせるような演出を考えた」とし、「水」を使った演出にもついても触れました。小さい頃に見た川の美しさが忘れられず、その美しさを違う形に置き換えたいと常々考えていたという安藤。今回の演出では、水を使いながら「視覚だけなく、聴覚にも訴えるものにしたかった」とのこと。壁面に水を流す演出によって三作家の力強くも静謐な世界観を表現したかった、とその思いを語りました。
2009年3月 5日 18:28 | U-Tsu-Wa/うつわ , デザイン , トーク , 安藤忠雄 , 建築
ルーシー・リィー、ジェニファー・リー、エルンスト・ガンペール。三人のアーティストのつくる〈うつわ〉には、生活文化としてのデザインの可能性が、実に豊かに示されている。
とりわけ、ルーシー・リーの作品は、一つ一つが前世紀の百年を陶芸に賭けて生き抜いた彼女の人生の結晶のようだ。モダニズム造形美の極みともいうべき、優雅に研ぎ澄まされたフォルム。美しさと同時に温かみを感じさせる、微妙でデリケートな陶器の素材感。あの白に輝く器たちの透明感は一体何なのかと、彼女の作品を目にするたび、不思議な感動を味わう。
展覧会では、彼女らのみずみずしい感性がより直接的に伝わるような空間演出を考えた。展示室内に水盤をつくり、その水の上に作品を浮かべる。流れる水という空白を介して、その静と動の狭間で、美しいうつわと対峙するという展示構成だ。訪れる人が、作品を通じて、それをつくった作家の心を感じられるような、展覧会になればと思う。
安藤忠雄
2009年2月12日 19:00 | U-Tsu-Wa/うつわ , デザイン , 安藤忠雄 , 建築
11月30日、ガーデナーのディビット・ポラードと建築家の和久倫也によるこども向けワークショップ「小枝でまちを作ろう!」が開催されました。
ポラードと和久は、この夏から、国立や奥多摩などで採集してきた木の枝を使って家を作るプロジェクト「Natural House」を行ってきました。今回のワークショップは参加者がこの家を中心に見える景色をスケッチし、そこから自由に建物や乗り物を枝で表現し、街を作り上げるというもの。制作用に東京ミッドタウン内で集めた枝も特別に加えられました。2人がこの日のために21_21 DESIGN SIGHTのテラスに建てた家には、イチョウ・カエデ・サクラなどの枝が使われ、使い終わったトマト缶で枝と枝をつなぐアイデアに、来場者は驚きの様子でした。
こどもたちは真剣な様子で枝を選び、ポラードと和久に手伝ってもらいながら制作を行っていました。次第に周りで見ていた父兄も制作に参加し、色とりどりのテープやネットや洗濯バサミなどで飾り付けをし、個性的で賑やかな街が完成していきました。会場では、青空の下、親子の楽しそうな笑い声が響いていました。
「枝のさまざまなかたちや質感を直接肌で感じてもらいたい。そこからインスピレーションを受け、デザインした街を自分の手で作り上げることでこどもの創造性が高まるのではないか」とポラードと和久。
私たちのすぐそばにある自然について改めて考えるきっかけを与える今回のワークショップは、展覧会のテーマ「セカンド・ネイチャー」につながっていました。
2008年12月26日 17:08 | こども , セカンド・ネイチャー , デザイン , ワークショップ , 建築 , 自然
21_21 DESIGN SIGHT 建築についての安藤忠雄のことばから
...かつて、ポール・ヴァレリイとポール・クローデルが対話し、「世界中の民族の中で滅びては困る民族がいるとしたらそれは日本人だ」と言ったことがあります。私はそれを、日本人の固有の美意識を滅ぼしてはならないということだと解釈しています。美意識には、たとえば責任感とか正義感といったものも含まれます。なかでも人や自然に対する礼儀、生きていくことへの礼儀。あるいは、ものをしっかりと見つめることもそうでしょう。
ところが、1960年代に高度成長期を迎えると、お金が儲かればいい、お金があれば豊かになれるという考えが主流になり、かつての美意識はどこかに消えてしまった。東京の街を見ればわかります。美しさを求めた景観ではありません。経済効率を優先した結果ですよ。
かつてイサムノグチさんとお会いした時、「ニッポンの美意識を取り戻さなければならない」と言われていました。
私と三宅一生さんとのつきあいは、35年くらいになるでしょうか。
「デザインという美意識の中に賭けている」と言っていた田中一光さんと3人で、いつかデザイン・ミュージアムを作ろうと話をしていた、そういった経験が、今に繋がっているという思いもあります。
日本が持つべき顔とは、美意識のある国としての顔ではないか。これを実現するために21_21 DESIGN SIGHTという考え方が必要だと思っています。
...経済効率一辺倒で無計画につくられた日本の都市へのアンチテーゼとして。もっと都市を美しくという意識をもって、私はこの21_21 DESIGN SIGHTに参加しています。
2007年3月30日 11:25 | 21_21 DESIGN SIGHT , デザイン , 安藤忠雄 , 安藤忠雄 2006年の現場 悪戦苦闘 , 建築
21_21 DEISGN SIGHTは5感を使って「見る」場所
2006年12月4日 東京ミッドタウン内、21_21 DESIGN SIGHTにて収録
構成/カワイイファクトリー 撮影/ナカサ&パートナーズ 吉村昌也
21_21 DESIGN SIGHTの建物は、エントランスを抜けて地下のギャラリーに達すると、外観からは思いもつかないダイナミックな空間が広がっています。ギャラリーは大小あわせて2つ。それを示すサインは照明によってコンクリートの壁面に映し出される、1と2の数字のみ。ギャラリーのほか、サンクンコートあり、秘密めいた通路ありの空間で3月30日から始まる、21_21 DESIGN SIGHTのプログラムにどうぞご期待ください。
2007年1月26日 21:26 | 21_21 DESIGN SIGHT , Chocolate , デザイン , 三宅一生 , 佐藤 卓 , 安藤忠雄 , 川上典李子 , 建築 , 深澤直人
2006年12月、竣工間近の21_21 DESIGN SIGHT(以下、21_21)をディレクターが訪れ、ほぼ完成した建物を見学しました。実際の空間を見ながら行なわれた今回のディレクターズ放談は、意気高揚しつつも21_21およびデザインの核心に迫る内容となりました。
安藤建築の魅力は空間を体験することで見えてくる
(一同爆笑)
2007年1月26日 19:54 | 21_21 DESIGN SIGHT , デザイン , 三宅一生 , 佐藤 卓 , 安藤忠雄 , 川上典李子 , 建築 , 深澤直人
21_21 DESIGN SIGHT ディレクターによる放談シリーズ、第3回目をお届けします。三宅一生と深澤直人が、東京タワーの大展望台から東京の街を眺めながら、都市、文化、デザインについて対話します。
2006年11月16日 10:59 | 21_21 DESIGN SIGHT , デザイン , 三宅一生 , 建築 , 深澤直人
21_21 DESIGN SIGHTの設計を手がける建築家・安藤忠雄氏。氏はこれまで数多くの文化施設設計にたずさわってきましたが、21_21 DESIGN SIGHTの設立には特別な思いがあります。今、なぜ21_21 DESIGN SIGHTなのか、その思いを語っていただきました。
今、必要な日本の顔とは――
仕事柄、世界各地を飛び回っていろいろな方と接していますと、しばしば「日本には顔がない」と言われます。「顔が見えない国」と。経済は顔が見えているどころか、もうずいぶん長い間リーダーシップを取っています。けれども。私はもうひとつ日本の顔が欲しいと思う。
日本は世界でも珍しく大衆文化をしっかりと根づかせてきた国です。江戸時代から続く文楽、歌舞伎、浮世絵、俳句など、そういった文化を支えているのは、生活を楽しむという美意識だと思うのです。
その文化の奥には、日本の自然観がある。生活のなかで、つねに感動をもって春夏秋冬に接してきた。これはヨーロッパなどと比べてもとても珍しい感情で、日本人の感受性の高さを示していると思うんですね。
...かつて、ポール・ヴァレリイとポール・クローデルが対話し、「世界中の民族の中で滅びては困る民族がいるとしたらそれは日本人だ」と言ったことがあります。私はそれを、日本人の固有の美意識を滅ぼしてはならないということだと解釈しています。美意識には、たとえば責任感とか正義感といったものも含まれます。なかでも人や自然に対する礼儀、生きていくことへの礼儀。あるいは、ものをしっかりと見つめることもそうでしょう。
ところが、1960年代に高度成長期を迎えると、お金が儲かればいい、お金があれば豊かになれるという考えが主流になり、かつての美意識はどこかに消えてしまった。東京の街を見ればわかります。美しさを求めた景観ではありません。経済効率を優先した結果ですよ。
かつてイサムノグチさんとお会いした時、「ニッポンの美意識を取り戻さなければならない」と言われていました。
私と三宅一生さんとのつきあいは、35年くらいになるでしょうか。
「デザインという美意識の中に賭けている」と言っていた田中一光さんと3人で、いつかデザイン・ミュージアムを作ろうと話をしていた、そういった経験が、今に繋がっているという思いもあります。
日本が持つべき顔とは、美意識のある国としての顔ではないか。これを実現するために21_21 DESIGN SIGHTという考え方が必要だと思っています。
美意識をもった建築
21_21 DESIGN SIGHTの建築を説明するならば、やはり巨大な一枚の鉄板による造形ということに大きな意味があると思います。日本の高い技術力を象徴するものと言えるからです。
鉄板は膨張と厚さの問題があります。それをクリアして造形する技術、解析する技術の両方が必要です。設計が現実のものとなるのは、高い技術力が現場にあるからこそなのです。
また、工事には欠かせないスケジュール管理、日本人はこの点に優れているのです。たとえば、日本の新幹線はめったに遅れない。私はイタリアでミラノとベニスをよく往復しますが、20分くらい遅れるのは当たり前のことです。でも誰も何も言いません。
スケジュール管理が優れているということは、品質管理が優れているということにもつながる。それらはすべて心、美意識からきているのです。この心を取り戻すために、21_21 DESIGN SIGHTは役立たなくてはならない。
そして経済効率一辺倒で無計画につくられた日本の都市へのアンチテーゼとして。もっと都市を美しくという意識をもって、私はこの21_21 DESIGN SIGHTに参加しています。
2006年6月22日 東京ミッドタウン内にて収録
構成/カワイイファクトリー ポートレート撮影/五十風一晴
2006年8月15日 14:52 | 21_21 DESIGN SIGHT , デザイン , 安藤忠雄 , 建築