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青野尚子による「土木展」Web連載
第4回 展覧会企画チーム 中村勇吾インタビュー

2016年7月 7日 10:00デザイン,中村勇吾,土木展

土木の専門家ではない人も含め、たくさんの人が関わっている「土木展」。その中には、ウェブやインターフェースのデザインで知られる中村勇吾も名を連ねています。彼がなぜ「土木展」に? その背景には本展ディレクターの西村 浩との意外な関係がありました。
構成・文:青野尚子

僕がなぜ土木展のクレジットに入っているのか、その話をすると長くなるんですが(笑)。もともとは建築を目指していたんです。高校のとき、ガウディの作品集を見て建築に興味を持ったのがきっかけでした。そこで有名な建築家の出身校を調べたら東京大学を出た人が多かったので、僕も東京大学に入ったのですが、東京大学工学部では1、2年次の成績で専攻が決まるんですね。僕は落ちこぼれだったので(笑)人気のある建築学科には入れず、土木工学科に進むことになったんです。そこの先輩に、今回の土木展のディレクターである西村 浩さんがいました。

土木科では篠原 修先生の景観研究室に入りました。当時は土木構造物にも景観的な配慮が大切だ、とようやく言われ始めた頃で、景観研究室もちょうど出来たばかりのタイミングでした。


「タウシュベツ川橋梁」(北海道上士幌町)西山芳一

その研究室のとある課題で「水辺のデザイン」「水辺空間」といったことについて考える機会がありました。僕は造形志向が強かったので、堰の形をこんなふうにするとかっこいい、というように形から入っていましたが、どうも手応えがありませんでした。そんな時、先輩の一丸さんが、構造物の形ではなく「水の表情」をデザインしてはどうか、と提起していたことを覚えています。たとえば浅くて底がゴツゴツしているところを流れる水は白く波立ってレースのようになる。深いところを流れる水は透明でゆったりとした動きを見せます。構造物の形そのものをデザインするのではなく、「水の表情」という人工と自然のインタラクション(相互作用)の現象それ自体をデザインする。そのようなデザインの捉え方があるのか、と非常に感銘を受けました。

もうひとりの先輩の福井さんは、建築に関する法規制と街並みの形態の関係について研究をしていました。建物には北側にある建物に日が当たるよう南側より北側を低くする「北側斜線制限」、建物はこれより低くすることという「高さ制限」などの法規制があります。これらの法規制をコントロールすることで、間接的に街並みの形成過程に関与していくことはできないか、という研究です。法律という「コード」によって生ずる現象として街並みを捉える、というアプローチは非常に新鮮に感じました。

私の卒論のテーマは日本の城の石垣でした。篠原先生からいきなり割り当てられたお題で、最初はしぶしぶと進めていたのですが(笑)、徐々に熱中し、自然と人工の関係について考えはじめる最初の機会になりました。今ならコンクリートなどで大きな塊をつくって擁壁をつくることができますが、昔はそんな大きな塊をつくることができないので、石を下から少しずつ積み上げていくしかなかったわけです。崩れてこようとする土の圧力に対抗してバランスよく効率的に石を積んでいく先人の知恵に感動しました。研究の過程でいわゆる「扇勾配」と呼ばれる弓なりにそった石垣の形状は、効果的に土を抑えられる構造的合理性も備えていることもわかってきました。「扇勾配」は中国から移入された様式だというのが一般的な説ですが、その優美な形の裏には見た目のスタイルだけでない、ある種の構造デザインが含まれていたのではないか、という仮説を提示することができました。

卒業してからは橋梁を設計する会社に入りました。でも僕は30歳でなにかしらの形で独立したいと考えていたんです。大学院を卒業して入社したのが25歳のときだったので30歳まで5年しかない。でも土木は時間のかかる仕事なので、5年やそこらで一人前になるのは絶対に無理、と言われました。そんなことはないはず、と思っていたのですが、やってみると本当に無理なことがわかりました。一方で仕事の合間に趣味として、その頃黎明期だったウェブのデザインやプログラミングなどをやっていたのですが、それがけっこう評判がよくなって、顔も見たこともない海外のアーティストの依頼でサイトをつくっていたりしていたんです。そのうち自分でもこちらのほうが向いてるのかな、と思って橋梁の会社は辞めてウェブの仕事を始めました。


「白水ダム」(大分県竹田市)西山芳一

結果的に僕は土木とウェブという、二つのまったく関係のない分野を体験することになりました。でも先に行ったような大学の研究室や設計会社で見たものや考えたことからは、今でも強く影響を受けていますね。たとえば「白水ダム」という昔のダムがあるのですが、ちょっとした傾斜とダムの側面や底面の凸凹の加減で美しい水の波紋ができるんです。ダムの形と水の物理的な特性のインタラクション(相互作用)からそういった現象が生まれて、それを見る僕たちの心が動かされる。それは僕が今やっている、プログラムを記述することでさまざまな現象を生みだしたり、人々のいろいろな反応を引き出したりするようなデザインと通じるところはあると思います。

ダムの形と水の物理的な特性のインタラクション(相互作用)からそういった現象が生まれて、それを見る僕たちの心が動かされる。それは僕が今やっている、プログラムを記述することでさまざまな現象を生みだしたり、人々のいろいろな反応を引き出したりするようなデザインと通じるところはあると思います。


「土木の行為:ためる」ヤックル株式会社(Photo: 木奥恵三)

「土木展」でも会場に来た人が水をせきとめたり、力を加えることでアーチ橋をつくれるコーナーがあります。ちょっとした力の違いなどがどのような結果を生むのかを確かめながら、楽しんで欲しいと思います。

なかむらゆうご:
ウェブデザイナー/インターフェースデザイナー/映像ディレクター。1970年奈良県生まれ。東京大学大学院工学部卒業。多摩美術大学教授。1998年よりウェブデザイン、インターフェースデザインの分野に携わる。2004年にデザインスタジオ「tha ltd.」を設立。以後、数多くのウェブサイトや映像のアートディレクション/デザイン/プログラミングの分野で横断/縦断的に活動を続けている。主な仕事に、ユニクロの一連のウェブディレクション、KDDIスマートフォン端末「INFOBAR」のUIデザイン、NHK教育番組「デザインあ」のディレクションなど。主な受賞に、カンヌ国際広告賞グランプリ、東京インタラクティブ・アド・アワードグランプリ、TDC賞グランプリ、毎日デザイン賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞など。