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2016年6月 (6)

開催中の企画展「土木展」は、生活環境を整えながら自然や土地の歴史と調和する土木のデザインについて考える展覧会です。
本展に向けて、実際の「土木」を訪れたり、自らの手で「土木」のスケールを体感したりしながらすすめられたリサーチの様子を一部ご紹介します。

企画展「土木展」展示作品の一つ、「土木の行為 つく:山」は、手で土を突き固める「版築」という工法をモチーフにした作品です。出来上がった部品を一度に組み立てるのではなく、種類の違う土を一層、また一層と塗り重ねてつくるこの作品のために、公益財団法人 日本左官会議と職人社秀平組の左官職人が連日会場を訪れました。

日本の街中には、あちこちに左官の仕事が存在しています。そこには、左官職人たちが長年積み重ねてきた知恵と技術、また現場仕事ならではの手仕事の軌跡を見ることができます。
しかし、規格化された現代の建築の現場には、手間と時間のかかる左官の仕事が登場しにくくなっているという事実もあります。

2016年6月13日、公益社団法人 日本左官会議による講演会「職人がいる町、塗り壁のある暮らしーーその終焉がもたらすもの」が、東京大学 一条ホールにて開催されました。
講演会には、「土木展」に参加した挾土秀平、小林隆男、小沼 充、川口正樹をはじめ、6名の左官職人と建築家が登壇。はじめに、日本左官会議議長の挾土秀平が第二次世界大戦後から現代に至るまでの左官の歴史を振り返りました。戦後の復興時には、全国で22万人も活躍していた左官職人は減少し続け、現在では5万人を切る程になってしまったと言います。挾土は、そういった厳しい現状を伝えると同時に、地域の土で壁を塗り「日本の風景をつくってきた」左官は、実は今の日本においても、人々にとって身近な存在であることを強調しました。

続いて、関東を中心に活動する3名の左官職人が、自身の仕事や街中の実例から、色々な左官の仕上がりを数多くの写真で紹介しました。さらに、それぞれ愛知県と滋賀県を拠点に活動する2名の左官職人が、地域に根付いた自身の仕事も解説しました。紹介された実例は、住宅から寺院、美術館、公園の水飲み場まで幅広く、私たちがいかに意識せずに、左官の仕事に触れているかを知ることができます。
最後には、登壇者全員によるパネルディスカッションも実施。建築家の視点からみた左官との協働について、また、私たちの日常に再び左官の仕事を取り入れるアイディアについて、率直な意見交換が行なわれました。

「土木展」会場では、そんな「左官の仕事」を垣間みることができます。土の色や質感を実際に目で捉え、手で触れて体感し、それらがつくるこれからの日本の風景を思い浮かべてみてください。


Photo: 木奥恵三

2016年6月24日、いよいよ開幕となる企画展「土木展」の会場の様子をいちはやくお届けします。

道路や鉄道、携帯電話やインターネット、上下水道、災害に対する備えなど、私たちの日常生活に必要不可欠な土木。「土木展」は、生活環境を整えながら自然や土地の歴史と調和する土木のデザインについて考える展覧会です。

Photo: 木奥恵三

2016年6月24日(金)よりはじまる企画展「土木展」は、生活環境を整えながら自然や土地の歴史と調和する土木のデザインについて考える展覧会です。
本展に向けて、実際の「土木」を訪れたり、自らの手で「土木」のスケールを体感したりしながらすすめられたリサーチの様子を一部ご紹介します。

日本の高度経済成長期を支えた土木の工事現場と、現代の土木の工事現場の映像と音とを組み合わせたシンフォニーが、ギャラリー内の壁面いっぱいに繰り広げられる壮大な展示作品「土木オーケストラ」。2015年に21_21 DESIGN SIGHTで開催した企画展「動きのカガク展」にてディレクターを務めた、菱川勢一率いるドローイングアンドマニュアルによる作品です。


「土木オーケストラ」ドローイングアンドマニュアル

本作では、現代の土木の工事現場として、渋谷駅周辺再開発事業の様子を紹介しています。現在、新たにビル群を建設するために、河川の移動や駅通路の開設など、大掛かりな区画整理が行なわれている渋谷駅周辺。2016年3月、本作撮影のため、ドローイングアンドマニュアルが現場をリサーチしました。

当日は、渋谷駅街区土地区画整理事業共同施行者事務所に集合し、東京急行電鉄株式会社の担当の方とともに工事現場へ出発。渋谷駅近辺で行なわれている駅街区の工事、百貨店解体、銀座線改良工事の現場を仔細に見ながら、映像と音の素材を確認していきます。普段は仮囲いで中の様子を見ることのできない現場では、地中深くから、地上に位置する東京メトロ銀座線の線路下まで張り巡らされた土木のネットワークが行き渡っていました。

私たちが暮らす社会は、普段は目にする機会の少ない、土木に携わる人たちの地道な働きで成り立っています。「土木オーケストラ」では、土木の先人たちの努力が今日に至るまで脈々と受け継がれていることを、ダイナミックに体感することができます。どうぞご期待ください。

土木の持つ圧倒的な迫力は現代美術に匹敵する、という21_21 DESIGN SIGHTディレクターの佐藤 卓。とくに、環境と土木との関係について興味があると言います。「土木展」の開幕を控えて、彼が一番楽しみにしているポイントを聞きました。
構成・文:青野尚子


「千苅ダム」西山芳一

土木はあたりまえの日常生活を支える、重要な構造であり土台です。橋やトンネルのように目に見える土木もありますが、人里から離れたところにあるダムや、地下で土木構造物を支える大きな基礎など、そのほとんどは目に見えません。これまでデザインの視点からは取り上げられたことがあまりないこの土木という領域を、デザインの切り口から捉えてみようという意図からこの展覧会は企画されました。

私自身はこのテーマが決まる前から土木にはとても興味を持っていました。巨大な造形物としての土木には現代アートをも超える圧倒的な迫力があります。構造、機能、経済効率、環境、どの面から見ても優れていて、しかも審美性を兼ね備えている。その土木が生み出す景色には常に圧倒されます。

土木と環境とのあまり知られていない関係も面白いと思います。たとえば東京湾を横切るアクアラインは海に柱を立てているため、環境に悪影響を及ぼすのでは、と思われがちです。しかし柱をつくるとそこに魚が集まり、魚礁になるという事実もあるそうです。この話を聞いたときから私の中で土木に対する考え方が変わり、すべての工事現場を見る目が変わりました。

この「土木」をデザインの施設で取り上げること自体に意味があると思っています。21_21 DESIGN SIGHTではこれまでも、「水」や「単位」など、通常デザインという認識がないものごとに対してデザインという視点を投げ掛けてきました。21_21 DESIGN SIGHTで土木というと一見、意外な組み合わせと思われるでしょうが、「土木展」もその意味で、21_21 DESIGN SIGHTらしい展覧会だと思います。この展覧会が私たちの日常を支えている「土木」というものに少しでも目を向けてもらうきっかけになれば幸いです。

さとうたく:
1979年東京藝術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了、株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所設立。
「ニッカ・ピュアモルト」の商品開発から始まり、「ロッテ キシリトールガム」や「明治おいしい牛乳」などの商品デザイン、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」のグラフィックデザイン、「金沢21世紀美術館」、「国立科学博物館」、「全国高校野球選手権大会」等のシンボルマークを手掛ける。
また、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、「デザインあ」の総合指導、21_21 DESIGN SIGHTディレクターを務めるなど多岐にわたって活動。
著書に、「クジラは潮を吹いていた。」(DNPアートコミュニケーションズ)や「JOMONESE」(美術出版社)、「真穴みかん」写真集(平凡社)など。

「土木展」は21_21 DESIGN SIGHTではもちろん、他の美術館でも珍しい土木を扱った展覧会。ディレクターたちもいつもとはちょっと違う雰囲気を楽しみながら準備に取り組んでいます。21_21 DESIGN SIGHTディレクターの一人、深澤直人に聞きました。
構成・文:青野尚子


21_21 DESIGN SIGHT建築プロセス

外国から日本に帰ってくると、何もかもがきちんとしていることに驚かされます。ビルが曲がったり、道路がでこぼこだったり、道の脇にいつまでも水がたまっていたりといったことがなく、シャワーからはいつもお湯が出て、道は平らだし、横断歩道の白線も真っ直ぐです。ガラスで覆われたビルの表面には景色がぴしっと映り込んでいます。外国だと、ガラスがまっすぐでないのか、映り込んだ風景がもやもやしていたりするのです。出来上がったあと、いつまでもきれいに保たれるような工夫もされています。日本の土木や建築を見ていて、日頃から日本の底力、豊かさを感じていました。

その影には土を掘り、コンクリートやアスファルトを流し込む、あらゆる段階でわずかな誤差もゆるがせにせず、ていねいな仕事をしている人たちがいるのです。21_21 DESIGN SIGHTの工事でも、現場がとてもきれいだったのが印象に残っています。汚さないように作業をし、汚れても毎日それをきちんと落としているからです。最近も私のオフィスから見えるところでビルの建て替え工事が行われていたのですが、巨大な工作機械を効率的に動かし、資材を搬入し、残土を搬出する、それらの作業が極めて段取りよく行われているのに驚きました。限られた敷地と時間内で必要な作業を割り振るのは高度なパズルを解くような大変な仕事です。巨大プロジェクトではJV(ジョイントベンチャー)と言って数社が協力しあって施工にあたるようなネットワークやシステムもできている。こうしてつくるプロセスがきれいだと、結果としてできあがるものも美しいものになるのです。

また土木や建築の現場で働く人たちは一見、荒っぽく見えるかもしれませんが、彼らはとても規則正しい生活をしています。早朝4時か5時には起きて8時から働き、お昼の他に10時と3時にも休憩して5時には帰る。こうしないと体力が持たないからです。誰か偉い人が権力で動かしているわけでもないのにきちんと統制がとれていて、みんながルールを守っている。こういった姿勢が、品質への信頼につながっているのだと思います。


「現場で働く人達」株式会社 感電社(Photo: 菊池茂夫)

私の専門であるプロダクトデザインと土木には共通したものづくりの姿勢があります。クオリティを保つため、ズレ幅の許容範囲内に収まるよう厳しく追い込んでいく技術力やマインドは小さなものでも大きなものでも変わりません。しかもこうやってつくりあげた精度の高いものをていねいにメンテナンスして使い続けている。たとえば1964年の東京オリンピックに合わせてつくられた首都高速道路は最近、山手トンネルなどが完成し、混雑が緩和されました。新幹線も開通して半世紀、地震などを除くと事故ゼロで運行されています。基礎をきっちりつくってメンテナンスも欠かさない、それらに関わるすべての人々がプライドを持っているからこそ、クオリティの高いものが保たれているのです。

こういったことを日本人は当たり前だと思っていますが、外国から見ると驚くべきことなのです。もうすぐ完成するアメリカのアップル社本社ビルはイギリスの建築家、ノーマン・フォスターの設計ですが、この建物は「MacBook」と同じような精度を目指していると聞きました。彼らは日本のものづくりを尊敬し、同じようなきめ細かさを実現しようとしているのです。「土木展」はこのことを改めて皆さんに知ってほしいと思って企画しました。日本とはこういう国なんだということを自覚してもらい、伝える機会にしたいと思ったのです。

この展覧会では、普段は見えない土木の世界や裏側で起きていることが見えてくるものにしたいと思っています。見えていない部分が見えるから面白い、そう感じていただけるようなものにしたい。子どもがわくわくしながら工事現場を見るような楽しい展覧会になるといいと思っています。これは21_21 DESIGN SIGHTがいつも目指していることでもあります。こうしてお客さんの興味をくすぐって、あ、そうなんだ、といろいろなことに気づいてもらい、感動してもらえればうれしいと思っています。

ふかさわなおと:
プロダクトデザイナー。2003年 NAOTO FUKASAWA DESIGN 設立。
21_21 DESIGN SIGHTディレクター。
卓越した造形美とシンプルに徹したデザインで、イタリア、フランス、ドイツ、スイス、北欧、アジアなど世界を代表するブランドのデザインや、国内の大手メーカーのデザインとコンサルティングを多数手がける。デザインの領域は、腕時計や携帯電話などの小型情報機器からコンピュータとその関連機器、家電、生活雑貨用品、家具、インテリアなど幅広い。人間とものとを五感によって結びつける彼の仕事は、より大きな喜びを使い手に届けるものとして高く評価されている。2010〜2014年グッドデザイン賞審査委員長。多摩美術大学教授。日本民藝館館長。

「土木展」は展覧会のタイトルこそストレートですが、展示はそのまま土木を見せるものではありません。子どもから大人まで楽しめる、いろいろな仕掛けがされています。展覧会開幕を1ヶ月後に控え、展覧会ディレクターの西村 浩に、土木展に込めた思いを聞きました。
構成・文:青野尚子


嘉瀬川ダム|景観デザイン:西村 浩+ワークヴィジョンズ

展覧会の話をする前に、僕がなぜ土木の仕事をするようになったのかをお話ししましょう。僕が土木を目指したきっかけは建築だったんです。子どもの頃、祖父が棟梁をしていて、漠然とものづくりっていいな、建築学科に行きたいな、と思っていました。それで東大の工学部に入学したんですが、3年次に専攻を決めるとき、建築学科に進もうかなあと思っていたらそこに土木の神様が降り立った(笑)。当時は瀬戸大橋やアクアラインなど1兆円プロジェクトの全盛期だったこともあり、"地図に残る仕事"がしたいと思って土木工学科に進むことに決めました。

土木工学科ではデザインや景観にも配慮したものづくりをしたい、とも考えていました。ところが当時の日本では土木に景観やデザインを考える文化はなかったんです。建築では建築家という職能が確立していましたが、土木は戦後、国土の復興と高度経済成長を目指してとにかく安全に、大量に、速く造ることが最大の目標とされて景観やデザインにまで思考が及んでいませんでした。土木工学科では、景観やデザインを学びながらも、その一方で建築へのあこがれも忘れられず、お隣の建築学科に入りびたっていました。卒業後も建築設計事務所に就職したんです。そして独立、ということになったころにちょうど、土木にもデザインが必要だ、ということになり、そちらに引き戻されたというわけです。


岩見沢複合駅舎(撮影:小川重雄)|設計監理:西村 浩+ワークヴィジョンズ
建築学会賞・グッドデザイン大賞ほか多数受賞

ここでちょっと、みなさんの周りを見渡してみてください。家の前には道があり、公園があり、橋やトンネルがあるでしょう。建物はその間に建っています。私たちが暮らしている街は土木と建築で埋め尽くされているのです。その上で人々が幸せに暮らせるようにするためには建築や土木、さらにはその資金をどうするか、ファイナンスのことまで横断して考えることが必要です。しかし戦後の日本は右肩上がりの経済成長を背景にあらゆるものを速く、大量に、効率よくつくることが要求されました。教育もそれに合わせて行われたため、専門ごとにプロフェッショナルな仕事をするのは得意ですが、ものごとを統合して考えるのは苦手です。でもこれから経済が縮小し、人口も減っていく。そんな時代には、さまざまな分野を横断して考えることができる人材が必要なのです。


佐賀「わいわい!!コンテナ」(街なか再生社会実験プロジェクト)|企画・設計監理:西村 浩+ワークヴィジョンズ

でも一般の方には土木というと自分とは遠いものと感じられるのではないでしょうか。その理由の一つは、建築のほとんどが住宅や企業の施設など、民間のプロジェクトであるのに対し、土木はほぼ100%が公共事業であるためだと思います。だからほんとうは身近なところにあるのに、土木に関わるのは難しいという印象が生まれてしまう。誰もが他人事だと思ってしまうのです。

その"他人事"感を払拭し、自分のことだと思ってもらうには子どもの頃からそれについて考えることを習慣にしてもらわなくては。「土木展」はそんな思いから企画した展覧会です。だから、展示には抽象的なものもありますが、まずは子どもたちが遊べるものにしました。実際にアーチ橋をつくったり、砂遊びをしながら土木について学べるコーナーです。その次に一般の人、大人も楽しめるコンテンツを考えました。とくに年配の方は「土木オーケストラ」にぐっとくるんじゃないかと思います。今の日本の国土を支えている土木が高度経済成長期に造られた雰囲気が感じられるインスタレーションです。過去の土木から、未来が見えてくるような展示を考えました。


左:「土木の行為:ためる」(イメージ)ヤックル株式会社
右:「土木の行為:ほる」(「地質山」のためのドローイング)康 夏奈(吉田夏奈)

「土木展」では土木と聞いて想像できる世界ではない、今まで見たことのない切り口で土木を見せたい。アーティストやデザイナーなど、土木の専門家ではない人に参加してもらったのはそのためです。僕自身、土木の仕事をしているわけですが、その仕事の中でも新しい見方のものになると思います。違う分野の人がいろいろな情報を出し合い、議論することで新しい発見ができる。僕の仕事でもいろんなジャンルの人が一緒にいないと総体が見えない、ということがあります。そこにクリエイティブな発想を持つ人が加わって、今までにない化学反応が起こるのです。私たちは土木に囲まれて暮らしています。幸せな暮らしって何だろう? 土木を理解し、未来を考えることがその答えにつながると信じて、展覧会を企画してきました。

にしむらひろし:
建築家/デザイナー/クリエイティブディレクター
株式会社ワークヴィジョンズ 代表取締役
株式会社リノベリング 取締役
マチノシゴトバCOTOCO215 代表

1967年佐賀県生まれ。東京大学工学部土木工学科卒業、東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、1999年にワークヴィジョンズ一級建築士事務所を設立。土木出身ながら建築の世界で独立し、現在は、都市再生戦略の立案からはじまり、建築・リノベーション・土木分野の企画・設計に加えて、まちづくりのディレクションからコワーキングスペースの運営までを意欲的に実践する。日本建築学会賞(作品)、土木学会デザイン賞、BCS賞、ブルネル賞、アルカシア建築賞、公共建築賞 他多数受賞。2009年に竣工した、北海道岩見沢市の「岩見沢複合駅舎」は、2009年度グッドデザイン賞大賞を受賞。