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アスリート展 (6)

2017年3月11日、企画展「アスリート展」に関連して、トーク「アスリートを見る視点」を開催しました。トークには、スポーツカメラマンの長浜耕樹、ゲッティイメジーズから中西 歩と、研究者/映像作家で本展ディレクターの一人である菅 俊一が登壇しました。

本展展示において、アスリートたちのダイナミズムをあらわすよう、参加作家アダム・プリティの作品をはじめ、いくつかの映像作品にはゲッティイメージズのソースが貢献しています。トーク冒頭では、中西がリサーチエディターとして2億点にものぼる写真から、クライアントの依頼に応じて選出するなど、ゲッティイメージズの活動の紹介がありました。

続いて、アダム・プリティとともに数々の現場に赴いた経験のある、フォトグラファーの長浜耕樹を中心に、スポーツの報道写真が如何に撮られているのかと話は移ります。対象をはっきりと捉えるべく、寝そべった状態で陸上競技者を撮るなど、「カメラマンはまず背景を意識して撮っている」と長浜は言います。そして、長浜は自身のキャリアにおいて印象深かった出来事に、なでしこジャパンが躍進する契機となった対北朝鮮戦をあげ、選手と観客ともに一体となり、場が熱狂で震えた様子を述べました。現場でのアスリートのたちの喜怒哀楽が撮れるよう意識しているという長浜。彼が如何にアスリートたちの決定的瞬間を捉えようとしているか、その熱意を語りました。

アスリートたちの、知られざるダイナミックな動きが写し出されたアダム・プリティの写真の数々。「撮る前に徹底的に現場リサーチを行なう」(中西)というプリティは、時間帯、場所を抑え、予めアスリートの動作を計算することで構図に落とし込みます。「どこに眼を置くか」によって、アスリートや競技に対する鑑賞者の印象も変化すると、菅は続きました。スポーツカメラマンたちがアスリートのさまざまな側面を切り取るように、本展もデザインの視点で、アスリートの多様な世界を捉えています。本トークは、アスリートを取り巻く世界の広がりを改めて感じられる内容となりました。

2017年2月25日、オープニングトーク「アスリートの哲学」を開催しました。
トークには、本展ディレクターの為末 大、緒方寿人、菅 俊一が登壇しました。

トークは本展の見どころや作品概要について語られました。
展示構成について緒方の解説を交えながら、トークは進行します。まず、「驚異の部屋」では、為末も室内で見る迫力とスピードに驚いたと感想を述べます。見る場所や見る角度によっても印象が全く異なると菅は続けます。「アスリートの体型特性」では古代ギリシア時代は完璧な人間像を求めていたため、各競技の体型がほとんど同じだったと為末は語ります。そして各競技に適した体型に細分化されたと続けます。現役時代の体験を踏まえた為末ならではのエピソードを織り交ぜながらアスリートの体型特性について語りました。

「アナロジーラーニング」について、ハードル走では「サーカスの火の輪をくぐるように」という例えを用いると為末は語ります。このアナロジーラーニングでは、その選手がいままでの人生で経験をしてきた体験からしか比喩を用いることができないので、コーチングでは文化的背景を理解することや想像力が必要だと述べました。

「アスリートと新聞」の作品から、メディアとアスリートの関係性について「人気スポーツだからメディアになる。メディアになるから人気スポーツになる」と述べる為末。アスリートと聞くと、体育会系で閉ざされたイメージが強いですが、日常の延長線上にアスリートがいることを伝えたいと述べました。
菅は価値を変える、転換させることがデザインの能力だと述べます。年齢という概念を超え、熟練することで価値を見出す職人にもアスリート性があるように、年齢を重ねることが楽しくなるような社会構造をつくることが今後の日本には必要になってくるのではないかと見解を述べます。

最後には、参加者からの質問に3人がそれぞれの視点で答え、社会問題、デザイン、技術などのさまざまな視点から意見が交換される会となりました。

いよいよ明日開幕となる「アスリート展」。開催に先駆け、会場の様子をお届けします。

私たちは、普段の何気ない動作のひとつひとつに生じる「反応し、考え、行動に移す」という一連のプロセスに、身体・思考・環境が相互に影響しあった知覚=センサーを張り巡らせています。アスリートは、日々の鍛錬によって身体能力を高めることはもちろん、自らのセンサーの感度を極限まで研ぎ澄ませることで、自身に起こる微細な変化に気づき、順応し、その能力を最大限に発揮すべき瞬間に、一歩一歩近づいていきます。

本展では、アスリートの躍動する身体を映像や写真で紹介するほか、体感型の展示を通して、アスリートをかたちづくる様々な側面をデザインの視点から紐解いていきます。

トップアスリートの経験を踏まえ様々な活動を行っている為末 大、デザインエンジニアの緒方壽人と研究者/映像作家の菅 俊一との3名を展覧会ディレクターに迎え、様々な分野で活躍する参加作家、企業、団体機関と協働する展覧会となります。 さらなる高みに挑み続ける「アスリート」の鼓動を是非体感してください。

Photo: 木奥恵三

2月17日からスタートする企画展「アスリート展」。これまで第1回、2回と更新してきたディレクター鼎談もいよいよ最終回。締めとなる今回は、展覧会の作品たちを通して来場者にどんなことを伝えたいのか、伝えようと思っているのか、「アスリート展」が目指すものについて話を聞きました。
(構成・文:村松 亮)

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日常の動作の中に
アスリートを見出す展覧会

2017年1月、新豊洲Brilliaランニングスタジアムにて

緒方:僕ら3人が目指してきたものって、何もこの世の中に存在していないものを見せてやろうっていうことではないと思うんです。むしろ日常の中に隠された美しさとか面白さとかを再発見して、デザインし直して伝えたい。そういう欲求の方が強いんです。

菅:アスリートにとっては当たり前なことでも、一般の人からすると、未知の領域なことがある。アスリートの方からすると、そんなこと? と思われるような常識や日常をデザインやアートの解釈で捉え直すと、きっとアスリートの方々にとっても新鮮に映るように思います。

ーーアスリートが来場した場合、どんなものを持ち帰ってくれるでしょうね。

為末:アスリート自身が自分たちの捉え方を変えることができる展覧会になると思います。会場でどんなことが起こっているのかをアスリートの目線でいうと、「スポーツの中にある日常動作との類似点を見出している」となりますし、逆に一般の人からの目線でいうと、「日常の動作の中にあるスポーツを見出している」となるわけですから。

菅:どちらにも共通していえるのは、身体がともなうことですね。

為末:それとどちらも「よく考えてみると」っていう枕詞がつくのかもしれない。あくまで無意識の領域のことを深く考えてみた、というアプローチですから。

ーー来場された方にはもし見所を伝えるならば?

緒方:21_21の展覧会のつくり方が他のギャラリーや展覧会場ともっとも違うのは、スタート時にキーワードしかないということです。その"アスリート"という言葉がひとつあって、リサーチをしていく。今回であれば大学教授から専門家から関係施設や競技者まで、膨大なリサーチを通して全体像が徐々に見えてくる。そのプロセスごと作品化して展示しているので、展示作品の何が目玉というわけでもないですし、むしろ、全体の流れとしてひとつの作品となっているのだと思います。

菅:ゴールがわかっていない。これが面白かったところですよね。分かりきったテーマで、ゴールが見えるならきっと僕らがやる必要はなかったと思いますから。未知の領域のものをデザインし直しているので、まだ誰も具現化していないものをつくっている。そして僕ら自身も会期当日を迎えるまで、できあがるのを楽しみにしているところです。

ディレクターズ紹介 3

すげ しゅんいち:
1980年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。人間の知覚能力に基づく新しい表現を研究・開発し、様々なメディアを用いて社会に提案することを活動の主としている。主な仕事に、 NHK Eテレ「2355/0655」、BRUTUS「行動経済学まんが ヘンテコノミクス」、21_21 DESIGN SIGHT企画展「単位展」コンセプトリサーチ、著書に『差分』(共著・美術出版社)、『まなざし』(ボイジャー)。主な受賞にD&AD Yellow Pencilなど。多摩美術大学統合デザイン学科専任講師。

2月17日からスタートする企画展「アスリート展」。そのディレクター鼎談の第2回目を更新。「新豊洲 Brillia ランニングスタジアム」にて実施された為末によるランニング講座で汗を流した直後に、アスリートが得る喜びの本質とは何かについて迫りました。
(構成・文:村松 亮)

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アスリートが体感する
本能的な喜びとは

緒方:アスリートには大なり小なり、大一番というのがありますよね。それがトップアスリートとなれば、4年に1回となって、その一瞬で過ぎ去ってしまうピークに対してコンディションを整え、トレーニングを重ねていく。大歓声に包まれて、競う相手がいて、時間の制約もあって、もっとも意識しなくてはならない本番の場面で、今度はいかに無意識になって、いつも通りの力を発揮できるかという(笑)。

2017年1月、新豊洲Brilliaランニングスタジアムにて

ーー意識的な場面でいかに無意識でやるか、と。

為末:おっしゃる通り、そんなことが実際にオリンピックや世界大会になるとあるんですね。アスリートが日々行っているトレーニングとは、意図して何かをやろうとして、うまくいったかの判定基準を振り返り、何がその結果に影響したのかを考えながら、また新しいものを試していく。そんなサイクルだと思うんです。身体の方は比較的にビデオなどもあってわかりやすいんですけど、それが心の世界となると、突然わかりづらくなります。「なんか力が出せなかった気がする」そんな曖昧な心理を振り返って、スタート前にどんな心の状態だったのかを考える。結局、掴めないで引退してしまう選手も少なくないかもしれません。掴めている選手であれば、どうもこういう風に入るとうまくいく、それを分かっていますから。正しい力を出せる心の状態があるかというと、そういうことでもないんです。

緒方:自分を知る、それ自体に長けているんでしょうね。

菅:アスリートにとっては、自己記録が出たときと、自分の身体を思った通りにコントロールできたとき、どちらの喜びが大きいんでしょうか。

為末:つまらない答えになりますけど、それもタイプによりますね。面白いのは、すごく勝ちたい。なんでもいいから勝ちたいという選手は、やっぱり勝つ。一方で勝ち負け以前に、自分自身がどこまでいけるのか、そういうことにこそ興味を持っていて自分をコントロールすることに喜びを得ている選手もいますから。そして僕が思う、アスリートが最も体感している原始的な喜びとは、"連動感"だと思うんです。例えば、駅のホームでおじさんが傘でゴルフのスウィングをしますよね? ピタっと一連の動作がハマると快感だったりします。できなかったことができるようになる瞬間もそうですし、何かこうしっくりきたときに感じる、生き物としての純粋な喜びみたいなもの。究極、みながそれを求めていくのではないかって思うんです。

菅:そうした原始的な喜びがないと、何事も続けられないですよね。そもそも本能的な喜びがベースにあって、だんだん喜び自体が、競争による勝ち負けといったような社会性を帯びていくわけですが、きっとその先には、また徐々に本能的な喜びにシフトしていくときがくるんでしょうね。

2017年1月、新豊洲Brilliaランニングスタジアムにて

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ディレクターズ紹介 2

おがた ひさと:
東京大学工学部産業機械工学科卒業。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)、LEADING EDGE DESIGNを経て、2012年よりTakramに参加。ハードウェア、ソフトウェアを問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスなど、領域横断的な活動を行う。主な受賞に、2004年グッドデザイン賞、2005年ドイツiFデザイン賞、2012年文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品、2015年グッドデザイン賞特別賞など。21_21 DESIGN SIGHT では企画展「骨展」「"これも自分と認めざるえない"展」「デザインあ展」に参加作家として出展。

2月17日からスタートする企画展「アスリート展」。この日、展覧会ディレクターをはじめとする企画チームは「新豊洲 Brillia ランニングスタジアム」に集まった。ディレクターのひとりである為末大によるランニング講座を特別に受講するためだ。
春先より始動したこの展覧会ができるまでの様は、為末ら専門家たちによってまかれた"アスリートを形成する種"を、緒方と菅が新しいカタチで芽生えさせ、参加作家とともに育てていくというものだった。今回もそれら積み重ねてきたアプローチの一環で人が走るための肉体構造を体感するというものだ。
ここではこうして会期目前まで頭と身体とで"アスリート"を掘り下げてきた3名による鼎談をお届けしよう。
(構成・文: 村松 亮)

2017年1月、新豊洲Brilliaランニングスタジアム

アスリートというフィルターを通して
人間を理解したい

ーーでは、みなさん簡単に自己紹介から。

菅:普段は、人間の認知のメカニズムを背景に、どうやったら新しい体験や視覚表現を生み出して社会に提案できるかというテーマで研究を行っているので、今回の展覧会のテーマでもある、アスリートという身体や心理をコントロールする象徴のような存在を紐解いていくことは、非常に興味深いです。身体や心を使いこなした結果、人はどんなことを起こせるのか、その可能性を示せればいいなと思っています。

緒方:これまで21_21の展覧会には作家として参加させてもらっていたので、今回ははじめてディレクターという立場で関わらせてもらっています。普段はTakramというクリエイティブ集団に所属していて、デザインとエンジニアリングの両方をできる人材として様々なプロジェクトに関わっていて、常日頃、専門外の新しい領域の物事を読み解いていくという作業が多いので、今回もその一環として捉えていますね。

為末:スポーツを通じて人間を理解すること。これは競技者の頃から、僕が興味をもって取り組んでいる軸みたいなものです。これまで漠然と捉えていた、スポーツの世界における疑問や違和感を今回はデザインやアートという手法で翻訳し直し伝えてみようという試み。例えば、アスリートが体験するゾーンの世界。これをどう展覧会で伝えようか、そんなディスカッションはとても新鮮でしたね。

2017年1月、新豊洲Brilliaランニングスタジアムにて

ーーどうして競技者の頃から為末さんは「人間を理解したい」と思っていたんですか。

為末:現役時代の体験と紐付けていくと、スポーツとは、いかに自分自身をコントロールしていくか、できるかに尽きます。かと言って、すべてが自発的にあるわけではなくて、アフォーダンスじゃないですけど、外界からの影響で引き出されるものがでてくる。やる気が出て練習をすると思いきや、グラウンドに行って走り出して初めてやる気がでてくることもあって。心が先にたつのか、身体が先にたつのか。そういうこともよく考えていましたね。

菅:アスリートがどういう思考で、どういう認知で生きているのか。これまではテレビなどのメディアを通じて、断片的にしか知り得なかった要素を、デザインの力によって体験してもらうことで、きっと、アスリートに対する見方の解像度が上がると思います。それは、私自身がまさに展覧会の制作を通じて感じたことでもあります。例えば一歩歩くだけでどれだけの筋肉量を使っているのか、走る上で重心の位置を変えるだけでこれだけ速さが変わるのか。歩くという日常的に意識しない行為そのものにも発見がありました。あまりにも日常的過ぎる動作なので、意識する機会が全くないんですよね。きっとアスリートがどれだけの解像度の中で身体を操作しているのかも、スポーツ中継を見ているだけではわからない領域のことなのだと思います。

緒方:歩くこと、走ること。こうした無意識にも人間が行える行為を、アスリートの人たちは、どれだけ意識して意図したとおりに正しく動かせるか。一回、自分の中で分解して意識化したものを今度は無意識にそれができるようになるまでトレーニングを繰り返す。これがアスリートが日々鍛錬していることなんでしょうね。

2017年1月、新豊洲Brilliaランニングスタジアムにて

ーーすべてのアスリートが自覚してプレイしているわけではないんでしょうしね。

為末:まさに自分の行為を理解できていることと、身体で表現できていることは必ずしもイコールではない。自分のやっていることを知っている選手と知らない選手がいる。そして知っているからといって必ずしもハイパフォーマスを発揮できるかというとそういうわけでもない。細部に入っていく奇跡的なタイミングで行っていることを、ガツンという感じですの一言ですべて説明してしまうこともあるので(笑)。だから、面白いし、それこそ真なり、とも思いますしね。

>>vol.2につづく

ディレクターズ紹介 1

ためすえ だい:
1978年広島県生まれ。陸上スプリントトラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2017年1月現在)。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。シドニー、アテネ、北京と3度の五輪に出場。現在は、自身が経営する株式会社侍のほか、一般社団法人アスリートソサエティ、株式会社Xiborgなどを通じ、スポーツ、社会、教育、研究に関する活動を幅広く行っている。